第二時大戦に於けるアメリカ陸軍航空軍戦闘日誌

(対本土作戦のみ)

1944年11月

11月1日

〇第7空軍
グアムのB−24は硫黄島北東の船舶を攻撃。
硫黄島、父島、母島上空の海軍写真撮影機を護衛中のB−24 12機は飛行場、倉庫、船舶を爆撃。
2日にかけサイパンのB−24単機が硫黄島をうろつき−snooper−任務で爆撃。
〇第11空軍
武装気象観測任務中のB−24 1機は大泊岬を爆撃。

11月2日

〇第7空軍
サイパン駐屯B−24 11機は父島を爆撃。
〇第11空軍
B−24 4機は擂鉢、オンネコタンを爆撃。
写真撮影、攻撃的掃蕩中のB−25 4機は鳥島諸島、Hayakegawaの目標を攻撃、製罐所を含む15戸の建物に火災を生じさせた。

11月3日

〇第7空軍
グアムのB−24 14機は父島、母島の船舶を粉砕。
サイパンのB−24はマーカス島、硫黄島への武装偵察、うろつき任務を継続。

11月4日
〇第7空軍
サイパンのB−24 18機は硫黄島飛行場を爆撃。
船舶偵察中の2機は母島を爆撃。
〇第11空軍
B−24 6機は擂鉢、クラブの飛行場、建物、船舶を攻撃。

11月5日

〇第20空軍
マリアナのB−29 24機は硫黄島の2つの飛行場を爆撃、侵攻準備のための戦術作戦の開始。
〇第11空軍
B−25 4機は擂鉢沖の掃蕩を海岸火災の為中止。
B−25 4機は占守上空を武装偵察、鳥島の目標を超低空爆撃。迎撃にあたった4機のうち1機を撃墜。
B−24 4機はオンネコタン、松輪を爆撃。
B−24 3機は片岡海軍基地を爆撃、火災を発生させた。戦闘機7機が迎撃、B−24は1機を撃墜した。

11月6日

〇第7空軍
サイパンのB−24は沖村、東港の船舶を爆撃、兄島を攻撃。
7日にかけ硫黄島飛行場上空でうろつき任務。分散地、滑走路を爆撃。
〇第11空軍
B−25 4機は鳥島を爆撃、大型建物に直撃弾を与え、近くのハシケを沈め、もう1隻の船舶目標に命中を記録した。約20機の戦闘機が迎撃、B−25 1機を喪失、B−25は敵機3機の撃墜を主張。

11月7日

〇第7空軍
グアムのB−24は硫黄島を攻撃、武装偵察飛行中、マーカスの対空陣地を爆撃。。

11月8日

〇第20空軍
第21爆撃機集団のB−29 17機は硫黄島飛行場に飛行。6機は雲の切れ間を通して爆弾を投じ、他は目標爆撃に失敗した。敵機は編隊に黄燐爆弾を投下し、B−29 1機を損傷させた。超重爆1機は不時着水、戦闘任務で第21爆撃機集団の初めての航空機喪失。
〇第7空軍
サイパンのB−24は父島、母島の船舶を攻撃。
9日にかけうろつき任務の重爆1機は硫黄島を爆撃。
〇第11空軍
8機による船舶掃蕩は天候のため中止。

11月9日

〇第7空軍
グアムのB−24はボニン諸島を船舶偵察、母島の船舶、防空陣地、沖村の船舶、市街を攻撃、帰路硫黄島を銃撃。
10日にかけグアムのB−24単機はうろつき任務で硫黄島を爆撃。
〇第11空軍
8機の武装偵察掃蕩、4機の爆撃任務は天候のため中止。

11月10日

〇第7空軍
サイパンのB−24 27機は硫黄島を粉砕。

11月11日

〇第7空軍
Lawrence J Carr 大佐は第7戦闘機集団の指揮官に。
グアムのB−24 29機はP−38の護衛により硫黄島の飛行場を粉砕。

11月12日

〇第20空軍
成都駐屯B−29 29機は大村を爆撃。20機以上が大村上空の天候のため、南京の目標を爆撃、さらに20機が代替臨機目標を攻撃。
〇第7空軍
サイパンのB−24 29機はP−38の護衛で硫黄島飛行場を爆撃。
夜間B−24 1機はうろつき任務で硫黄島を爆撃。
〇第11空軍
B−24 2機はオンネコタン、松輪上空武装偵察。

11月13日

〇第7空軍
グアムのB−24 6機は硫黄島、ボニン上空の海軍写真撮影機を護衛し、二見港の船舶を攻撃。
サイパンのB−24 1機は船舶探査に失敗、硫黄島を爆撃。

11月15日

〇第7空軍
ボニン諸島で船舶攻撃中のグアムのB−24は、母島、父島附近の船舶を攻撃。
サイパンのB−24 1機は16日にかけボニン諸島で船舶目標を発見し損なった後、硫黄島を爆撃。
〇第11空軍
B−25 8機は幌筵上空武装写真任務を天候中止。

11月16日

〇第7空軍
サイパンのB−24 12機は父島の船舶を爆撃、2機は母島のハシケを攻撃。
17日にかけてボニン諸島うろつき任務でB−24 1機が船舶攻撃。

11月17日

〇第7空軍
サイパンのB−24 15機は聟島南西の船舶、沖村市街と港を攻撃。
〇第11空軍
B−24 4機は擂鉢飛行場を爆撃。戦闘機2機が迎撃、損傷した1機はカムチャッカに不時着。

11月18日

〇第7空軍
サイパン・グアムのB−24は父島、母島の船舶を攻撃。
サイパンのP−38とB−24は硫黄島上空の写真撮影機を掩護。
〇第11空軍
B−24 4機はTakikawa Capeの1箇所を含む擂鉢沿岸砲台を攻撃。
B−25 6機は天候のため船舶掃蕩を中止。

11月19日

〇第7空軍
硫黄島、ボニン諸島上空武装偵察中のグアムのB−24 5機は硫黄島の飛行場を、15機は父島、母島の船舶を攻撃。

11月20日

〇第7空軍
悪天候は全ての爆撃任務を中止させた。
〇第11空軍
B−24 3機は海軍の航空掩護。

11月21日

〇第20空軍
成都のB−29 61機は大村海軍航空廠を爆撃。13機が代替臨機目標を攻撃。超重爆は戦闘機27機の撃墜を主張、第20空軍の過去最大の戦果。
〇第7空軍
第7空軍支援群は第7空軍支援地域集団から第7戦闘機集団および第7爆撃機集団指揮下に再配属。
グアムのB−24は父島、母島の船舶と海軍沿岸施設を爆撃。
22日にかけB−24 1機はうろつき任務で硫黄島を爆撃。
〇第11空軍
副司令Gen Harry A Johnson の前線司令部がシュミヤに発足。
B−24 5機は海軍部隊を航空掩護。
B−25 10機による艦隊護衛任務は天候のため中止。
B−24 1機は外交チャンネルを通じて許可を得る前に、11月17日不時着し孤立したB−24搭乗員に糧食を投下した。

11月22日

〇第11空軍
B−25 4機の天候のため航空掩護を中止。

11月23日

〇第7空軍
グアムのB−24 17機は父島、母島の船舶を攻撃、沖村市街を爆撃。

11月24日

〇第20空軍
第21爆撃機集団の対日初任務。目標は東京。B−29 111機は、パイロットDauntless Dotty、有名なB−17メンフィスベルのパイロットRobert K Morgan少佐が副操の第73爆撃団指揮官Gen O'Donnellに率いられた。35機の超重爆が第一目標武蔵製作所を、50機が第二目標都市港湾地域を攻撃、17機が途中で帰投、残りは機械故障で投弾失敗。B−29 1機は戦闘機の体当たりを受け、昇降舵と水平安定板をもがれ、本州沖に墜落、対日作戦での第21爆撃機集団の最初の損失機となった。
〇第7空軍
船舶偵察中のサイパンのB−24 2機は母島、父島の船舶を攻撃。

11月25日

〇第7空軍
ボニン、カザン上空写真撮影機護衛のグアムのB−24 7機は父島、母島、聟島を爆撃。
〇第11空軍
B−24 1機は松輪上空の武装写真撮影任務を天候のため中止し、かわりにクラブ飛行場を爆撃。
B−25は天候のため船舶掃蕩を取りやめ。

11月26日

〇第7空軍
夜間、グアムのB−24 1機はうろつき任務で硫黄島を爆撃。
〇第11空軍
B−25 4機による船舶掃蕩は天候中止。

11月27日

〇第20空軍
マリアナのB−29 81機は東京に飛行。第一目標中島飛行機武蔵製作所を爆撃できた機は皆無。59機が第二目標都市港湾地帯を攻撃。7機は浜松を爆撃。任務遂行中、日本機11機がサイパン島アイスレイフィールドを攻撃、数機のB−29を破壊あるいは損傷させた。対空砲火と迎撃戦闘機は敵機10機を撃墜。
〇第7空軍
P−38 12機に護衛されたサイパンのB−24 24機は硫黄島を攻撃。
グアムのB−24 29機は硫黄島への第二次攻撃を飛行。

11月28日

〇第7空軍
サイパンのB−24 21機は硫黄島飛行場を爆撃。
29日にかけB−24 1機はうろつき任務で硫黄島を攻撃。
〇第11空軍
B−24 1機は松輪海岸を撮影、爆撃。

11月29日

〇第20空軍
30日にかけマリアナのB−29 24機は東京湾岸産業地域を爆撃。2機は横浜、沼津を攻撃。
〇第7空軍
グアムのB−24 18機は硫黄島を爆撃。
〇第11空軍
B−24 3機は柏原を爆撃。
B−25は船舶掃蕩を天候のため中止。 

11月30日

〇第7空軍
サイパンのB−24 23機は硫黄島の飛行場を爆撃。
ボニン、カザン諸島上空写真機護衛のグアムのB−24 8機は母島を爆撃。
30日未明グアム・サイパンのB−24 2機はうろつき任務中、硫黄島飛行場爆撃。
〇第11空軍
天候出撃が唯一の任務。


U.S. Army Air Forces in World War II
Combat Chronology 1941 -- 1945

Compiled by Kit C. Carter and Robert Mueller

Center for Air Force History
Washington, DC 1991
Library of Congress Catalog Card No. 75-600031

Reprint of 1973 edition, 1991



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