第二時大戦に於けるアメリカ陸軍航空軍戦闘日誌

(対本土作戦のみ)

1945年 1月

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〇第7空軍
サイパンのB−24 19機は硫黄島を爆撃。
2日にかけ9機が島をうろつき−snooper−攻撃。
〇第11空軍
B−24 5機は千島爆撃任務を中止し、海軍部隊を掩護。

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〇第7空軍
グアム駐屯B−24 12機は母島を、14機は硫黄島を攻撃。
3日にかけB−24 7機がグアムから硫黄島を7時間間隔うろつき攻撃。

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〇第20空軍
マリアナ駐屯B−29 57機は名古屋市街地、湾岸施設を爆撃。21機は代替・臨機目標を攻撃。日本軍戦闘機はB−29に300回以上攻撃を行う。超重爆5機を喪失。銃手は敵機14機の撃墜を主張。
〇第7空軍
サイパンのB−24 22機は硫黄島を爆撃。
4日にかけグアムB−24 10機は硫黄島を攻撃。
〇第11空軍
B−25は千島で海軍部隊を掩護。

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〇第7空軍
グアムのB−24 13機は硫黄島を粉砕。
5日にかけ10機は各個いやがらせ攻撃−harassment strikes−で島を攻撃。

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〇第7空軍
サイパンのB−24 22機は午前、午後、硫黄島を襲う。
P−38 7機は航法支援のB−24 3機を伴い硫黄島に機銃掃射任務。
B−24 1機は父島、母島の海軍艦砲射撃の空中観測機として行動。
〇第11空軍
B−24 4機は擂鉢に接近する海軍部隊の航空掩護。

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〇第20空軍
成都駐屯B−29 28機は大村海軍工廠(長崎県)を爆撃。13機は南京の第二目標を、6機は臨機目標を攻撃。
〇第7空軍
グアム駐屯B−24 15機は硫黄島の飛行場を爆撃。
7日にかけB−24 9機が飛行場を粉砕する為に単機うろつき攻撃を継続。
〇第11空軍
B−24 2機は擂鉢飛行場を爆撃、建物、埠頭も攻撃。
B−25 10機は海軍機動部隊の航空掩護。

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〇第7空軍
サイパンのB−24 11機は硫黄島の飛行場を爆撃。洲崎飛行場、母島、沖村市街を攻撃。
8日にかけB−24 10機は飛行場を再襲撃。

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〇第7空軍
グアムのB−24 26機は硫黄島の飛行場を爆撃、9日にかけ10機は6時間の間各個うろつき攻撃。

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〇第20空軍
マリアナ駐屯B−29 72機が東京の中島飛行機武蔵製作所に向けられた。強風のため、編隊が分離し、僅か18機だけが第一目標を爆撃できた。大多数は代替・臨機目標を攻撃した。
〇第7空軍
サイパンのB−24 24機は硫黄島の飛行場を攻撃、10日にかけ8機が各個うろつき任務で再攻撃。
〇第11空軍
H2Xを装備し第11空軍は初レーダー攻撃、B−24 4機が擂鉢飛行場を攻撃。

1月10日

〇第7空軍
グアムのB−24 30機は2編隊で硫黄島の飛行場を爆撃。
硫黄島の飛行場はグアムを出撃したうろつき任務のB−24により11日にかけ再攻撃された。
〇第11空軍
B−24 3機はKurabu飛行場を武装写真撮影、滑走路に名中弾を記録した。

1月11日

〇第7空軍
サイパンのB−24 23機は硫黄島を襲う。
硫黄島の爆撃はマリアナからうろつき任務を飛行する重爆撃機3機により12日にかけ続けられた。
〇第11空軍
擂鉢に武装偵察のB−24 3機はTaro 湖の北西を爆撃。
B−25 5機はコタニ島を攻撃。

1月12日

〇第7空軍
グアムのB−24 28機は硫黄島の飛行場を攻撃。
硫黄島はマリアナのB−24 4機により13日にかけうろつき攻撃で攻撃。

1月13日

〇第7空軍
サイパンのB−24 14機は硫黄島を攻撃。
14日にかけグアムとサイパンのB−24 2機は飛行場を再空襲。

1月14日

〇第20空軍
マリアナのB−29 40機は名古屋の三菱重工航空機製作所を爆撃。他に20機以上が代替・臨機目標を攻撃。
〇第7空軍
グアムからのB−24 12機は硫黄島を襲う。
硫黄島のP−51 16機は洲崎飛行場(父島)、大村市街、父島の砲陣地を銃爆撃。
15日にかけマリアナのB−24 2機は硫黄島をうろつき攻撃。

1月15日

〇第7空軍
サイパンのB−24 12機は硫黄島の飛行場を爆撃。
グアム・サイパンの重爆撃機2機は16日にかけ硫黄島の飛行場を各個攻撃。

1月16日

〇第7空軍
グアムのB−24 10機は硫黄島の飛行場を爆撃。
B−24の高空掩護を指定されたサイパンのP−38 12機は悪天候のため編隊での接触に失敗。戦闘機3機は座礁船舶を機銃掃射した。
17日にかけてB−24 3機が硫黄島にうろつき攻撃。

1月17日

〇第7空軍
サイパンのB−24 14機は硫黄島飛行場を攻撃。
グアム、サイパンのB−24 3機は18日にかけ硫黄島を各個いやがらせ攻撃。

1月18日

〇第7空軍
サイパンのB−24 19機は父島、母島の目標を爆撃、海軍基地と沖村市街を損傷させた。
グアムのB−24 10機は硫黄島の飛行場を粉砕。
19日にかけB−24 3機が硫黄島にうろつき攻撃を継続。
〇第11空軍
B−24 3機はKurabu 飛行場の偵察に失敗、1機は帰途ソ連領に不時着。

1月19日

〇第20空軍
第21爆撃機集団の62機は川崎航空機明石工場を攻撃。9機は代替・臨機目標を攻撃。
〇第7空軍
サイパンのB−24 7機は父島の港湾施設を爆撃。グアムの9機は硫黄島の飛行場を攻撃。
夜間マリアナのB−24 3機は各個うろつき攻撃で硫黄島を爆撃。
〇第11空軍
B−24 1機は占守、オンネコタンでレーダー探査任務。
B−24 2機は松輪、オンネコタンを攻撃。

1月20日

〇第20空軍
Gen LeMay は第21爆撃機集団の指揮を執る。Gen Ramey は第20爆撃機集団の指揮官となる。
〇第7空軍
グアムのB−24 12機は硫黄島の飛行場を爆撃。サイパンの5機は沖村市街を攻撃。
21日にかけグアムのB−24 10機が硫黄島の飛行場に対する各個うろつき攻撃。
〇第11空軍
B−24 4機は片岡地域を爆撃。

1月21日

〇第7空軍
グアムのB−24 12機は硫黄島の飛行場を爆撃。
22日にかけサイパン島から各個うろつき攻撃の8機が飛行場を粉砕。

1月22日

〇第7空軍
グアムのB−24 20機は硫黄島の飛行場を爆砕。
23日にかけグアムのB−24 8機は各個うろつき攻撃で飛行場を再襲撃。

1月23日

〇第20空軍
第21爆撃機集団のB−29 28機は名古屋の三菱重工発動機製作所を爆撃。27機は第二目標名古屋市街を攻撃。9機が代替臨機目標を攻撃。600機以上の戦闘機が激しく積極的に抵抗したが撃墜されたのは僅か1機だけだった。機銃員は戦闘機32機の撃墜を主張。
〇第7空軍
サイパンのB−24 12機は硫黄島の飛行場を爆撃。
24日にかけサイパンのB−24 10機は硫黄島を45分間隔で硫黄島を攻撃。
〇第11空軍
B−24 1機はオンネコタン−松輪東岸偵察飛行。B−24 4機はKakumabetsu 製罐工場、幌筵の目標を攻撃。8−10機の戦闘機が迎撃。B−24は2機の撃墜を主張。B−24 1機を喪失。

1月24日

〇第20空軍
第313航空団のB−29 20機は硫黄島の二つの飛行場を爆撃。
〇第7空軍
グアム・サイパンのB−24 33機は4次にわたり硫黄島を攻撃。他に6機が硫黄島の艦砲射撃の空中観測に使用。
25日にかけB−24 10機は島の飛行場にいやがらせ攻撃。
〇第11空軍
B−25 4機は機械トラブルのため鳥島への低空攻撃を中止。B−25 4機は鳥島の建物を爆撃。対空砲火はB−25 2機を損傷させた。
アッツの南東に未確認目標をレーダー探知、戦闘機6機が発進した。風船爆弾と確認され、撃墜された。

1月25日

〇第7空軍
サイパンのB−24 14機は午後硫黄島を爆撃。
26日にかけB−24 10機は各個いやがらせ攻撃で島を襲った。

1月26日

〇第7空軍
グアムのB−24 17機は硫黄島の飛行場を爆撃。
27日にかけ飛行場はB−24 9機による各個いやがらせ攻撃で襲われた。

1月27日

〇第20空軍
第73爆撃団のB−29 76機は東京近郊の中島飛行機武蔵工場に対しマリアナを出撃した。目標上空の雲と強風は第一目標爆撃を妨げた。超重爆56機は第二目標東京市街地を、他に6機が代替臨機目標を爆撃した。戦闘機の抵抗は過去最大で、B−29 5機が撃墜された。他に4機が着水あるいは着陸失敗した。B−29銃手は戦闘機60機の撃墜を主張、過去最高の戦果だった。
〇第7空軍
サイパンのB−24 19機は硫黄島を爆撃。
28日にかけグアム・サイパンのB−24 10機は島に各個いやがらせ空襲を継続。

1月28日

〇第7空軍
グアムのB−24 10機はサイパンの10機は硫黄島を爆撃。
29日にかけ10機が飛行場に単機いやがらせ攻撃を継続。

1月29日

〇第20空軍
マリアナのB−29約30機は硫黄島の2飛行場を爆撃。
〇第7空軍
グアムのB−24 19機は硫黄島の飛行場を爆撃。
30日にかけサイパンのB−24 5機は硫黄島の飛行場に対しいやがらせ空襲を継続。  

1月30日

〇第7空軍
サイパンのB−24 17機は硫黄島の飛行場を爆撃。
31日にかけB−24 10機は硫黄島の飛行場に対し単機うろつき攻撃。

1月31日

〇第7空軍
グアムのB−24 20機は硫黄島の飛行場、対空陣地を爆撃。
2月1日にかけB−24 9機は島を単機いやがらせ攻撃。


U.S. Army Air Forces in World War II
Combat Chronology 1941 -- 1945

Compiled by Kit C. Carter and Robert Mueller

Center for Air Force History
Washington, DC 1991
Library of Congress Catalog Card No. 75-600031

Reprint of 1973 edition, 1991



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